「欠片の名前」
STORY


≪4・緑樹の感謝≫

「二人はお互いにとって一番良い距離を知ってるのかもしれない。でも……苦しい事だけを避けて距離を置くより、嬉しい事も苦しい事も一緒に在った方が、きっと嬉しいよ」
獣人の少年はそう言って少女の手のひらを兄の手の甲に重ねた。
彼は満面の笑みを湛え、そして目覚めた兄もまた少年に劣らぬ笑顔を彼の最愛の妹に贈る。

「でも、今……あなたの言葉を聞いて、もっと早くみんなを助けれたんだって思ったら、おれ……」
「自分を責めないで。君を……迷わせたのは人間(わたし)達なんだ」
だが、少年が惜しむ事なく兄妹に向けていた優しさの奥には、深い深い哀しみが潜んでた。

「俺達だって生きてる。大切な……人達が居るんです。王っ――助けて下さい、この世界に生きる同志として」
信じたい。ただそれだけの想いで獣人の少年は一人孤独と闘っていた。
歴史が語るのは過去でしかなく、痛みの上に築かれた未来である今は違うのだから、と。

「新王は、歴史に名を残す方となるでしょうね」
「ええ。だけど……私達の知らない歴史の中にこそ知るべき事があった。だから――」
「お、王女、何を……っ」
「――新王、この血は我が国の誓いです。我が国の名に懸けてこの国への支持を誓います。私は国に戻り、両親と共にするべき事をしたいと思います。あなたの供をする事は出来ませんが、この血書をお持ち下さい。……私の気持ち、です」
誇り高き文武の国の王女は知っていた。
最後まで新王の手腕を見届けるまでもなく、自分が何より優先すべき事は他にあるのだと。

「わかるな? お前の代わりを勤めれる者は誰一人として居ないんだ」
「……でも、私にとって……あなたの代わりこそ、誰一人居ない。…………。王のお戻りを、ここでお待ちしています」
誇り高き王女に続き、新王の片翼もまた涙をこらえ自らの役割を受け入れる。
そして――

「今――ここに居られた事に、感謝します」
片手で数えれるだけしかいない歴史の証人。
王の供を果たした少女はあまりにも過酷な真実の重みに押し潰されそうになりながら、それでも真実と向き合った人達の姿に、ここには居ない人達の分も精一杯の笑顔を向け、新王を労わる。

「ねえ、先王のお墓に行ってみない? 前にあそこに行った時……私達、王妃様のお墓の前で祈る事しか出来なかった。でも、今なら……」
王の留守を預かっていた片翼の女性は国への伝達を受け取ったその後、強く瞳で訴えかける。
今の自分達なら偽りの記憶の中に隠された真実を見つけられるかもしれない、と。

「……一人でも行く気ね?」
「ええ。あの方一人に過酷な道は強いらない。そう決めたから」
「私だってあなたを一人にはしない。何より、私だって……そうせずにはいられない」
そうして二人はようやく孤独に眠る王の墓を見つけた。
その日付は紛れもなく……自分達の心を翻弄し続けたもの、自分達の信じ続けたもの、その
哀しくも尊き真実の姿に、彼女らはただ深く祈った。


≪5・欠片の名前≫

「良いんですか? 私……間違ってた」
あの日、少女は自らの犯した罪の深さを嘆いた。

「いつもいつも正しく在れるとでも思ってたのか? そんなの人間も森人も等しく不可能な事だ」
国の歴史と共に歩み続けた森の長は彼女を諭し、願う。

「……残り僅かな魔力だけど、最後にあの子が喜びそうな使い方をしてくれ」
思えば、それからの日々はまるで疾風の如く少女の元を過ぎ去っていった。
それなのに酷く酷く、長く感じられた瞬間。

「――あなたを、許します」
「…………っ」
謝れない事さえ、彼女に与えられた罰の一つであった。
しかし、あの城下を力の限り駆けて行った彼女の姿に、彼はかつての過ちの意味を悟り、生涯胸に仕舞い続ける想いを誓ったのだ。だからこそ――

「今まで……魔力を保ってくれてありがとう」
少女は柔らかな日差しの中、ようやく叶えられた“あの子が喜びそうな使い方”をしてみせた。

「でも、この聖域を離れて……本当に良いの?」
「うん。人が変わろうとしてる事を君が教えてくれた。だけど、人が変わるだけじゃ駄目だ。私達も変わっていかないと……」
「そんな……森人はいつだって私達を許してくれたよ」
「けど……だから、私達は怒る事を知らないといけないんだと思う」
それぞれに欠けたものを補う術を、それぞれに諦め続けた。
決して交わる事はない道なのだからと。
そういった意味で考えれば、少女と青年を引き合わせた縁もまた世界の願いの一欠片であったのかもしれない。


――王は、確かに居た。
振り返るにはあまりにも痛々しく、歩み出すにはあまりにも切なく険しい道のり。
それでも――動いてゆく日々の中に、共に在るべき人の温もりを見つけたから。

「さよなら、知られない王。でも私達が歌い継ぐ。例え王でなくても、あなたの高貴な心は偉大な王のそれだもの」

――薄青い空の、始まるような朝。
子羊達は、この世界に遺された一番古い古い物語を――バタンと、閉じた。


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