STORY
シルフィナ1
人間に似た姿かたちでありながら、人間ではない者たち――“精霊”
精霊族は森の深くの小さな村に住み、人間には関わらぬよう、ひっそりと暮していました。
人間に接してはならぬ。人間は戦の耐えない恐ろしい種族なのだ…と。
妖精族はいくつかの幻術を持っていました。そのひとつが「記憶を奪う」という力。
争いを拒む精霊族が生きていくために身についた「武器」です。
人間に遭遇した歳、その相手の記憶を奪うことで、常に精霊族の存在を守ってきました。
精霊族は人間にとって、存在無き者でなくてはならないのです。
ただ、この力には危険なリスクが伴います。
記憶を奪った者の身体は、その力を使うほどに蝕ばまれてゆくのです。
…まるで麻薬に侵されるように。
この「記憶を奪う」という能力は、諸刃の剣でもあるのです。
精霊たちはこの力を使わないため、できる限り人間に出会わないよう、
身を隠して生きていました。
精霊の村には、シルフィナという娘が兄と一緒に住んでいました。
兄のウェリオットは村を守り、皆に頼りにされる、勇敢な精霊。
シルフィナもまた、よく働き、皆に慕われる、美しい精霊…。
ある夜、シルフィナは森を歩いていました。小さな声で歌を口ずさみながら。
シルフィナは静かな夜の森を、ひとりで歩くのが好きでした。
――そう。それも、今日のような満月の夜が、私は一番好き。
空気が澄んで、月明かりが綺麗で、静かで。
そんな夜は、よく森の外れの小さな湖へ出かけた。
兄に、「湖は人間の住処に近いから行ってはいけない」と、小さい頃からずっと
言い聞かされてきた。だから、兄さんには秘密。
湖には舟も無く、ただ、丸い月だけが湖面に浮かんでいた。
風が吹くと、揺れて、消えては、また浮かぶ。どれだけ眺めていても飽きなかった。
ここは、私のお気に入りの場所。
すると、遠くから馬の足音が聞こえた。そして、人間の叫び声。
静けさを切り裂くように、こちらへ向かって近づいてくる。
人間たちは馬に跨り、大声で何かを叫びながら、剣を振りかざしている。
そしてその先には、一人で必死に逃げる者の姿があった。
なんて恐ろしいこと…!恐怖で私の鼓動は速くなった。
このままでは殺されてしまう。
私は咄嗟に呪文を唱えた。
すると馬は足を止め、騎士は呆然とし、やがて引き返して行った。
見ると、追われていたのは男の人間だった。苦しそうに肩で息をし、体中に怪我を負っている。
放っておけばよかったのかもしれない。でも私は彼に駆け寄り、手を取った。
傷だらけの、でもとても暖かく、大きな手だった。
私は初めて人間に触れた。
「こっち」
私は彼の手を引いて走り出した。鼓動は更に速くなっていく。
何も言わず、走り続けた。走って、走って…。
顔を見ることはできなかった。恐くて一度も振り返ることができなかった。
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